Kyoko Sakura

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アンゴラウガンダエチオピアカメルーンケニアコンゴ民主共和国ザンビアジンバブエスーダンスワジランドセネガルソマリアタンザニア、チャド、中央アフリカ共和国、ナイジェリア、ナミビアニジェールブルキナ・ファソベナンボツワナマラウイ南アフリカ共和国南スーダンモザンビーク

ガーナ、ギニアギニアビサウコートジボアールトーゴマリ共和国ルワンダでは絶滅したと考えられる。アフガニスタンアルジェリアイラク、イラン、エジプト、エリトリアガボンガンビアクウェートコンゴ共和国サウジアラビアシエラレオネジブチ、シリア、チュニジア、トルコ、パキスタンブルンジモーリタニア、モロッコ西サハラ含む)、ヨルダン、リビアレソトレバノンでは絶滅。

模式標本の産地(模式産地)は単にアフリカとされていたが、バーバリ地方の沿岸部やコンスタンティーヌアルジェリア)とする説もある[4]。壁画などから15,000年前にはヨーロッパ広域にも分布し、5,000年前には少なくともギリシアには分布していたと考えられている。

生息地
アフリカでは、影のできるアカシアの木がまばらに生えているサバンナの草原地帯にライオンたちを見ることができる。インドでの生息地は乾燥したサバンナかさらに乾いた落葉樹林のなかである。ヘロドトスの記すところによれば、ライオンは紀元前480年頃にはギリシアでよく知られる動物となった。ペルシアの王クセルクセス1世が国中を練り歩いているなか、そのラクダの積荷をライオンが襲ったことが記されている。アリストテレスは紀元前300年にはもう彼らが貴重な動物だと考えていて、その後400年ほどして彼の地でのライオンは絶滅している亜種インドライオンは10世紀頃まではヨーロッパの辺境であるコーカサス地方にもいたと考えられている。

パレスチナに由来する種も中世には姿を消した。アジアのほとんどの地域でも、猟銃が簡単に手に入る18世紀頃になるとライオンの姿は見られなくなった。19世紀の終わりから20世紀初めにかけて、北アフリカおよび東南アジアでも絶滅している。トルコおよびインド北部のほぼ全域も同様である。アジアで最後にライオンが確認されたのは1941年のイランであるが、3年後にはカルン川の岸辺で死骸となって発見された。その後、イランでは信頼できるレポートは送られていない。最後に生き残った亜種インドライオンはインド北部のギルの森周辺でみることができる。そこはグジャラート州に属する、ほとんどが森に覆われた1412平方キロメートルの土地であり、300頭ほどのライオンたちの聖地となっていて、その数はゆっくりと増しているという報告もある。

胴長(体長)オス170 - 250センチメートル、メス140 - 175センチメートル。尾長オス90 - 105センチメートル、メス70 - 100センチメートル。肩高オス123センチメートル、メス107センチメートル。体重オス150 - 225キログラム、メス120 - 182キログラム。オスはケニア山の近くで体重272キログラムの記録もある。頭部は太くて短く、丸みを帯びる。背面の毛衣は黄褐色や赤褐色、腹面や四肢内側の毛衣は白い。耳介背面は黒い体毛で被われる。尾の先端には房状に体毛が伸長し、色彩は暗褐色や黒。

出産直後の幼獣の体重は1 - 2キログラム。幼獣には暗色斑が入るが、成長に伴い消失する。

オスの成獣は頭部から頸部にかけて、たてがみが発達する。野生下では南アフリカ共和国の南部および東部で、標高1,000メートル以上の環境に生息する個体群でたてがみが発達する傾向がある[5]。一方でケニアからモザンビーク北部にかけてやサヘル地域などの暑い地域に生息する個体群ではたてがみはあまり発達せず、たてがみがない個体もみられる[5]。飼育個体でも北半球で冬季が寒冷な地方では、たてがみが発達する傾向がある。たてがみは、体を大きく見せたり頭部や頸部に対しての攻撃を防いだりするのに役立つと考えられている。

草原や砂漠まで様々な環境に生息する。20 - 400平方キロメートルの行動圏内で生活し、吠えたり尿を撒いて臭いをつけることで縄張りを主張する。食物が少なくなると縄張りを拡大することもある。オス1 - 3頭、15頭までのメスと幼獣からなる群れを形成して生活する。縄張り内では小規模な群れ(サブプライド)で分散し生活することが多い。生後2 - 3年で群れから追い出されたオスは、別の群れに入るまでは同じ群れにいたオスと共同で生活する。オスは基本的に他のオスから縄張り内のメスを守る。群れを乗っ取ったオスは群れ内の幼獣を殺し(子殺し)、これによりメスの発情を促し群れ内の競合相手をなくすことで自分の子孫を多く残すことができると考えられている。獲物が多い場合は20時間は休むが、獲物が少なくなると1日中活動する。走行速度は時速58キロメートルに達するが、250メートル程度しか維持できず追跡距離はさらに短い。一方で挑発して群れから孤立したアフリカスイギュウを3キロメートルに渡って追跡することもあり、追跡距離が11キロメートルに達した例もある。

主に体重50 - 500キログラムの中型から大型の哺乳類を食べる。セレンゲティ国立公園などでは、乾季には季節によって移動しないインパラやイボイノシシなどの比較的小型の獲物が主要な獲物となる地域もある。小型哺乳類、鳥類、爬虫類、昆虫なども食べる。他の動物が捕らえた獲物を奪うこともある。主に夜間に狩りを行うが、草丈が長く身を隠せる茂みでは昼間も狩りを行う。主にメスが集団で狩りを行い、メスが扇形に散開しながら獲物に忍び寄る。オスが狩りに協力することもある。大型の獲物は吻端や喉に噛みつき窒息死させる。捕らえた獲物は主にオスが独占する。

母親は幼獣に獲物を分配するが獲物が少ないと分配しないため、後述するように幼獣の死亡率は高い。成獣の死因は個体間での争い(特にオス)、アフリカスイギュウなどの大型の獲物による負傷、老齢個体や衰弱した個体では飢餓などが挙げられる。

繁殖様式は胎生。1回の交尾は約20秒で、1日に最高で50回以上交尾を行うこともある。妊娠期間は98 - 114日。プライドから離れ、1回に1 - 6頭(主に2 - 3頭)の幼獣を産む。授乳期間は7 - 10か月。メスは同じ群れの幼獣を一緒に育て、自分が産んだ幼獣以外にも授乳する。幼獣は生後3か月で肉を食べられるようになる。幼獣は隠れ場所に24時間放置されることもあり、上記のように獲物が少ないと育児放棄されることもあるため他の肉食獣に捕食されることもある。セレンゲティ国立公園では獲物が季節によって移動するため、生後1年以内の死亡率は63 %に達するという報告例もある。生後2年に達すると死亡率は激減し、セレンゲティ国立公園では約20 %になる。生後2年以内の死亡率は80 %以上。オスは生後4 - 6年、メスは生後3年で性成熟する。野生下ではオスは最大16年、メスは最大18年の長期生存例があるが、12年以上生きる個体は少ない。

習性
一日のほとんどを寝そべり、およそ20時間ほどを怠惰に過ごす。日中にも行動することはあるが、たいてい最も活動的になるのは夕暮れより後であり、それから社会的な行動や身づくろい、排泄などを行う。狩りが最もよく行われるのは日が昇る前の夜間であり、断続的に活発な行動を起こす。平均して2時間ほど動き回り、50分間を食事に費やす。

集団行動

系統の異なる二つの社会を形成する。定住性のプライドと呼ばれるものがその一方である。群れはたいてい5-6頭のメスと、このメスらと交尾する1-3頭のオスからなっている(1頭より多い場合は連合として扱われる)。その子供はオスでもメスでも群れに含まれる。しかし30頭以上からなる非常に大きなプライドも観察されたことがある。連合における成体のオスの数はたいてい2頭であるが、4頭前後まで増えることもある。オスの幼獣は成熟すると、自分の群れから追い出されてしまう。これは遊牧的なものであり、1頭あるいは対になって広大な土地を放浪する。このペアは生まれ育った群れから追い出されたオス同士で組まれることが非常に多い。遊牧的なスタイルが定住型にもなりうるし、その逆もある。オスはこの両方の生活を経験せねばならず、そのまま他の群れに加わることができない個体もいる。遊牧的な生活を送る雌が新たな群れに加わるのは雄よりも遥かに難しい。群れのなかのメスたちは結びつきが強く、馴染みのないメスが家族ともいうべき集団に加わろうとすることを拒む。

プライドの行動範囲をプライドエリアと呼び、遊牧的なスタイルをとっている場合、それはレンジと呼ばれる。プライドにいるオスたちはエリアの外周に身をおき、その縄張りを警戒してまわる傾向にある。なぜあらゆるネコ科のなかで最も高い社会性がライオンに育まれたのだろうかというテーマについては幾つもの議論がなされてきた。狩りの成功率を高めるためというのがもっともらしく思えるが、実験などで裏づけられたわけではなくはっきりしない。狩りを協同で行うことは捕食の機会を増やすことであるが、一方で群れが大きくなり狩りを行わないライオンが増えることで、1頭あたりのカロリー摂取量は減ることになる。またそこで育つ幼獣が群れを去るのはずっと先のことである。群れのメンバーは狩りのなかで常に同じ役割をこなす。狩りをおこなうものの健康は群れの存続に直接関わるため、彼らは狩りを行った場所で一番先に獲物にありつくことができる。血縁淘汰(同族のライオンはそうでないものより食料にあずかりやすい)を含めた同様の恩恵は、幼い仲間を守ることや縄張りの維持、飢えや怪我への保険(individual insurance)にも及ぶ。

群れのために狩りのほとんどを行うのはメスである。オスは重くて目立ちやすいたてがみが狩りの妨げとなるし、また最中に興奮しやすいということもある。獲物に忍び寄り、捕食を成功させるため、メスたちはグループをつくり協力し合って行動する。しかし狩りの現場に雄がいた場合、彼らはすでに雌たちが狩った獲物を独り占めしてしまう傾向にある。獲物を分けあうとすればメスよりも幼獣とであることが多く、オス同士で獲物を分けあうことは滅多にない。比較的小さな獲物の場合はその場で食事が行なわれ、ハンターたちがそれぞれ分け前にあずかる。獲物が大きかった場合はたいていプライドエリアまで引きずられていき、群れで共有されるのだが、メンバーたちはできるだけ多くの食事を得ようと互いに積極的になる。

敵から群れを守るのは雄の仕事でも雌の仕事でもあるが、必ず特定の個体が先頭にたち、他のメンバーはその背後につく。ライオンたちは群れのなかで特定の役割を担っている傾向にあり、後者のライオンでも集団にとっては得がたい貢献をしている。侵入者を撃退するリーダーになることには見返りのようなものがあり、群れの中でのメスの地位にもそういった役割が反映しているのではないかという説もある。プライドと行動するオスは、群れにおける自分の地位を転覆させようとする他のオスと戦わねばならない。群れという安定した社会的単位にあるメスは他のメスを許容することはなく、その構成が変化するのはメスの幼獣が産まれる時と死んだ時だけである。一方でオスは2-3歳で成熟したとみなされ、群れを去らなければならない。メスも群れを去り放浪することもある。

狩りと食性

集団で協力し合って狩りをし、狙った獲物を追いかける。一方で持久力についてはあまり知られていない。たとえばメスの心臓は体重の0.57%を占めているに過ぎず、雄であれば0.45%にまで落ちる(一方でハイエナはほぼ1%台である)。したがってメスが走るスピードは時速81kmにまで達するのだが、ピークはごく僅かしか維持できないため、獲物に攻撃を仕掛ける前に十分に近づく必要があり、およそ30m以内まで詰め寄ると言われている。メス達は目立ちにくくなるよう、カモフラージュできる場所を選んだり夜の間に狩りをおこなう。何匹かのメスが集い、目当ての群れを数箇所から囲い込むのが典型的な狩りのスタイルである。群れに十分近づいたなら、通常最も近い獲物を標的にする。一気に襲いかかり、最後の一跳びで獲物を捕まえようとする。そして獲物はたいてい絞め落とされて脳虚血症、窒息により死亡する。もしくは口と鼻を顎で塞がれ窒息する。小型の獲物の場合は前足の一撃で絶命する。

獲物は主に小型、中型、大型の哺乳類であり、とくにアフリカではノウサギ、ヒヒ、イボイノシシ、トムソンガゼル、インパラ、スプリングボック、シマウマ、ヌー、トピ、アフリカスイギュウなどが多い。インドではそれがニルガイやイノシシ、シカになる。機会さえあれば狩りの対象はさらに広がり、クーズーやハーテビースト、ゲムズボック、エランドといった50-300kgの有蹄動物も獲物となる[10]。また時としてヤマアラシ、ツチブタ、マングース、ミーアキャット、オオミミギツネ、ラーテル、ダチョウ、ハゲワシ、ナイルワニ、ニシキヘビ、ナイルオオトカゲ、リクガメのような獲物も襲うことがある。集団で狩りをするため、幼獣に限らずほとんどの動物を獲物とすることができるが、成熟したゾウ、サイ、カバ、キリンなど非常に大型の動物になると怪我を負う危険もあるため襲うことはまれといわれる。しかしキリンやバッファローなどは地域によってはしばしば獲物となることがある。たとえばクルーガー国立公園ではキリンが日常的に狩られており、マニャラ公園ではアフリカスイギュウが全体の食事量の62%を占める。これはアフリカスイギュウの生息数が非常に多いことも原因である。サヴティ川流域ではゾウさえも獲物となってしまう。ガイドの報告によれば、ひどく腹をすかせた場合はアフリカゾウの幼獣を獲物とし、頭数の多い群れだと視界が悪くなる夜間、又は昼でも成獣でさえも狩ってしまうことがある。カバを襲うことはあるが、成体のサイは避けるのが一般的である。

いくつもの研究によって集められた様々な統計から、190-550kgの哺乳類を常食していることがわかる。アフリカではヌーが最もよく獲物となっており、セレンゲティではおよそ全体の半分にもなっている(シマウマがそれに次ぐ)。小型のガゼルやインパラその他すばしこいレイヨウなどは一般に狩りの対象とはならない。190kg以下であってもイボイノシシはしばしば狩りの対象となる。家畜も襲うため、インドではしばしばウシが犠牲となる。ヒョウやチーター、ハイエナ、リカオンなど他の肉食動物も狩ることができるが、食べることはほとんどない。屍肉も漁る。病死したものでも他の肉食動物が仕留めたものでも変わらず。輪をつくっている猛禽類に常に目をやり、ハゲワシなどが死体や弱った動物を囲んでいないか注意深く観察するのである。一般に大食いであり、一度に30kgの肉を平らげる。獲物を食べきれない時には数時間休んで再び口をつける。成獣はメスで1日におよそ5kg、オスで7kgの肉を必要とする。

獲物に見つかりやすい開けた場所で狩りをするため、集団行動をすることでその成功率を上げようとする。特に大型の動物を狙う場合はなおさらである。また獲物を仕留めたあとに、ハイエナなど他の肉食動物に手柄を横取りされないためにもチームワークは必要となる。遮蔽物のないサバンナでは何km先からもハゲタカが集まっているのが容易に見てとれるからである。狩りの大半はメスライオンがこなし、個々のメスライオンがそれぞれの位置について獲物を「鶴翼」で囲んで攻撃をしかけたり、集団で密集して移動し他のライオンと争って獲物を襲うというのが典型的である。そのためオスライオンが怠け者であるといった俗説が一部にあるが、これは誤りでありオスライオンはもっぱらカバ、キリン、バッファローなどの大型動物を専門とする非常に有能なハンターである。アフリカゾウを狩る場合通常7頭のメスライオンが必要だが、オスライオンは2頭で可能である。

若い個体が初めて狩りに加わるのは生後3ヶ月ほどである。ただし獲物を追うだけで、実際に襲うのは1歳。2歳で狩りができるようになる。

繁殖と生活周期
通常、ライオンは4歳頃に受胎が可能となる。交尾の時期は決まっておらず、発情期のようなものはない。他のネコ科の動物のように、オスはペニスに傘状の「突起」を持っている。この「突起」がメスの性器を刺激し、排卵を促す。メスが一頭のオスとだけ交尾するということはまずなく、交尾期には複数のオスと接触するのが普通である。交尾は数日かけて行われることもあり、番のライオンはたいてい食事をとらず1日におよそ20-40回の接合を行う。また飼育個体は妊娠しやすい傾向にある。

妊娠期間は平均110日であり、メスはプライドの場所からやや離れた、他の動物の目につかない巣穴で1頭から4頭の幼獣を産む。出産直後の子ライオンは体重が1.2kgから2.1kgほどでおよそ1週間は目が見えない状態であり、ほとんど無力である。這いずりまわるのは生後1-2日で、3週間ほどで歩き回ることができるようになる。幼いうちはこの巣穴に比較的近い場所で狩りを行い、移動の際も他の動物に襲われないようにメスが子供たちの首筋をくわえて何度もねぐらをかえる。

母となったメスは普通、子供が生後6-8週間になるまでプライドに戻らない。例外的にこの期間が短縮されるのは、他のメスライオンと出産時期が重なった場合である。例えばプライドにいるメスたちはしばしば同時に受胎するため、幼獣に乳をやり育てることは共同(子供がひとり立ちする準備段階に入るまで)で行われる。この場合母ライオンが誰かということは問題にされず、幼獣はプライドにいる全てのメスから同じような扱いをうける。出産が重なることは、彼らが生き残らせ、大きく育てるためには大事なことである。たとえばあるメスが他のメスの出産後1-2ヶ月して子供を産んだ場合、後から産まれた幼獣が食事から締め出され飢死しがちである。

2歳まで生きる幼獣は20%に満たない。ジャッカルやハイエナ、ハゲワシ、ヘビに襲われることもあり、アフリカスイギュウでさえ子供のライオンの匂いを嗅ぎつけたなら、親たちの守ろうとした巣穴に殺到し、踏み殺そうとする。

プライドのオスが争いに負けて交代すると、新しいオスが幼獣を殺すこともある。これはおそらくメスライオンは子供が成長するか死ぬまでは発情しないからである。子殺しを行うオスに母ライオンはしばしば反発するが、成功することはまれである。たいていオスは2歳に満たない幼獣を殺す。母ライオンはオスよりも体重が軽く、力も弱い。1頭のオスに対して3、4頭のメスが結束した場合には、子供を守れることもある。

初めてプライドへと連れていかれた幼獣は母ライオン以外の前ではじめから堂々と振舞うわけではない。しかしすぐにプライドでの暮らしに夢中になり、幼獣同士だけでなく成獣とも遊ぼうとする。母ライオンは我慢強くなる傾向が強いが、オスの場合は時と場合による。じっと幼獣がその尻尾やたてがみで戯れるのに任せる時もあれば、唸り声をあげて追い払う時もある。

離乳は生後6-7ヶ月からである。オスは3年ほどで成熟し、4、5歳になると他のプライドのオスたちと決闘して、縄張りを争うようになる。10-15年で力が衰えるほどの高齢になるが、それはプライドを守るために致命傷を負ったことがないことを意味している。またライバルのオスから群れを追い出されたものが再び天下をとることはごくまれである。子孫を増やし育てることはごく短い期間だということである。プライドを支配してすぐに子供を儲けることができた方が、追い出される前に成長させることができる。

プライドから追放され、放浪者となるのはオスばかりではない。多くのメスは産まれたプライドに留まり続けるが、プライドが大きくなりすぎると若いメスが縄張りを追われ、群れから放り出される。さらに新たなオスがプライドを支配するようになると、若い個体は雌雄を問わずに追い出されないという保証はない。メスが放浪して生きることは簡単ではなく、こうしたメスが幼獣を成熟させた例はほとんどない。ある統計によれば雌雄を問わずに同性間でホモセクシュアリティー的な交流を持つ。

コミュニケーション

狩り以外にもいくつもの社会的な行動を見せる。この動物が何かを表現する動きは非常に発達している。最もよく見られる友愛的な身振りが、頭をすりつけ舌で舐めつけることである。これは霊長類の毛づくろいにあたる。他の個体に頭をこすりつけたり額や首に鼻を寄せたりするのは歓待的な行動で、仲間としばらく離れていたり敵と戦ったりした後にしばしば見られる。オスは他のオスに、幼獣やメスはメスに対して行う。2頭が互いに舌で舐めあうということもよくある。むしろ相互におこない、された側が喜びを露にするのが一般的である。頭部と頸部が舐められることが一般的だが、これは身体の構造上の問題である。ライオンは自分の頭部や頸部を舐めることができないためである。

外見的にそれとわかる表情や身振りなども豊富であり、発声法も複数存在する。強弱とピッチなどが使い分けられ、単なる個々の合図というのではなく、コミュニケーションの主要な道具となっている。ライオンが出す音には、唸り声や叫び声、咳払いのようなものから、グルグルと喉を鳴らしたり、ネコや犬のような鳴き声まである。叫び声をだすときは、非常な特徴がある。まずとても低い声からはじめゆっくりと吠え、最後に何度か短く唸る。たいていそれは夜であり、8km先からも聞こえるほどである。大型のネコ科動物は最も大きな声を出すことで、自分の存在を誇示しているのである。

捕食者同士の争い
本種とブチハイエナが同所的に分布している地域では、この2種が同じ生態学的なニッチを占めて対立することになる。時には全体の食糧の68.8%が重なってしまうことがある。ンゴロンゴロ保全地域では本種がブチハイエナの倒した獲物を奪うことが日常的になっていて、ブチハイエナの高い死亡率につながっている。ハイエナたちが食事をする時の呼び声をテープで再生すると、本種が現れるという報告例もある。命の危険に晒されたブチハイエナはすぐその場から立ち去るか、30-100mほど距離を置いて食事が終わるまで待ち続ける。一方でハイエナの数が圧倒的に優勢な時など場合によっては食事を続けたり、逆に本種に襲い掛かることもある。食糧とは関係ないところでもこの2種は対立することがあり、はっきりとした理由が見えないような状況で本種がハイエナに飛びかかり、傷を負わせたりする。1頭の雄ライオンが別々の場所でリーダー格の雌ハイエナ2頭をかみ殺した姿が記録されていて、このオスはハイエナを食事にしたわけではない。エトーシャ国立公園のハイエナの71%は本種に襲われて死んでいる。ブチハイエナはライオンが繰り返し自分たちの縄張りに侵入してくるプレッシャーに耐えているのだ。飼育されたブチハイエナである実験をすると、ライオンに全く接した経験のない個体はその姿を目にしても無関心であるが、匂いを嗅ぐと怯えだすということが明らかになった。

チーターやヒョウといったライオンより小型のネコ科動物と共存している地域でも、ライオンは支配的な影響力を持つ傾向にあり、その獲物を奪うほか、子供たちや時には大人(成獣)でさえも捕食してしまう。チーターがその獲物をライオンや他の捕食者に奪われる確率は50%にもなる。ライオンはチーターの子供にとって最大の脅威であり、襲われて生後1週間で命を落とす子供は実に90%に達する。チーターは時間を細かくずらして狩りを行い競合を避け、子供たちは深い茂みに隠しておく。ヒョウも同じような戦略を使っているが、チーターと違ってヒョウは木登りが得意であり、そこに子供たちを置くことでライオンから身を守っている。しかし、雌ライオンは時々ヒョウの獲物を奪うために木に登ることがあるが、ヒョウ程高い所までは登れない。リカオンに対してもライオンは優位に立ち、獲物を奪いとるだけでなくリカオンの子供や大人を狩ることもある(後者はそれほど多いものではないが)。

アフリカニシキヘビも彼らの捕食対象となる。

ナイルワニもライオンの捕食対象の一つだが、同時にライオンもナイルワニの捕食対象の一つである。